会社を設立したものの、資金繰りが厳しく、「社会保険(健康保険・厚生年金)」の加入手続きを先延ばしにしていませんか?
あるいは、「従業員が少ないから」「社長一人だから」「まだバレていないから」と、加入義務を知りながら放置していませんか?
経営者にとって、給与総額の約15%にも及ぶ「会社負担分の保険料」は、極めて重い固定費です。これを削減したいと願うのは自然な心理かもしれません。
しかし、税理士として断言します。
今の日本において、法人が社会保険の加入義務から逃げ切ることは「100%不可能」です。
かつては縦割り行政の隙間を縫って未加入のまま操業する会社もありましたが、マイナンバー制度と法人番号の導入、そして日本年金機構と国税庁のデータ連携により、包囲網は完全に完成しています。
年金事務所からの「調査」は、ある日突然やってきます。そして、未加入が発覚した際に待っているのは、「過去2年間に遡って、全額を一括で支払え」という、会社を倒産させかねない莫大な請求書です。
この記事では、年金事務所が未加入法人を特定する「裏側の仕組み」と、調査が入った場合の具体的なペナルティ、そして今まさに未加入状態にある経営者がとるべき「唯一の生存戦略」について、徹底的に解説します。
第1章:なぜ「法人は強制加入」なのか?逃げ道のないルール
まず、法律上のルールを明確にしておきましょう。「知らなかった」は通用しません。
社長一人の会社でも「強制適用」
社会保険(健康保険・厚生年金保険)の加入義務は、以下の基準で決まっています。
- 法人の場合:
従業員の人数に関わらず、社長一人の会社であっても「強制適用事業所」となります。役員報酬が発生している限り、加入義務からは逃れられません。 - 個人事業主の場合:
従業員が常時5人未満であれば、加入は任意(入らなくても良い)です。また、飲食業や美容業など一部の業種は、5人以上でも任意適用となる例外があります。
つまり、「法人化した」その瞬間に、あなたは社会保険というシステムに組み込まれることが法律で決定されているのです。「まだ売上が少ないから」「赤字だから」という理由は、法的には一切免除の理由になりません。
第2章:なぜバレる?年金事務所の「未加入法人・特定システム」
「うちはまだ小さいし、年金事務所に気づかれていないはずだ」
そう思っているなら、それは大きな間違いです。彼らはすでにあなたの会社の存在を知っています。ただ、「まだ通知を送っていないだけ」なのです。
年金事務所(日本年金機構)は、以下のルートで未加入法人を炙り出しています。
ルート1:法務局の「登記データ」との照合
会社を設立(登記)すると、その情報は法務局から国税庁へ、そして日本年金機構へと共有されます。法人番号が指定された時点で、「この会社は設立されたのに、社会保険の届出が出ていない」というアラートが自動的に鳴る仕組みになっています。
ルート2:国税庁(税務署)からの「源泉徴収データ」の提供
これが決定的です。あなたが税務署に「給与支払事務所等の開設届出書」を出したり、決算書を提出したりすると、その情報は厚生労働省(年金機構)にも共有されます。
「税務署には給与を経費として申告しているのに、年金事務所には加入届が出ていない」。この矛盾は、データマッチングで一発で露見します。
ルート3:ハローワークの求人票
従業員を雇うためにハローワークに求人を出そうとすると、必ず「社会保険の加入状況」を確認されます。未加入のままでは求人を出すことすらできません。ここで加入指導を受けるケースも多いです。
ルート4:従業員からの「密告(タレコミ)」
実は非常に多いのがこれです。退職した従業員や、現職の従業員が「うちの会社は社会保険に入れてくれない」と年金事務所に相談に行くケースです。内部通報があった場合、年金事務所は優先的に調査に入ります。
第3章:恐怖の「遡及徴収(そきゅうちょうしゅう)」とは?
年金事務所の調査が入り、未加入が確定した時、何が起きるでしょうか。「じゃあ、来月から入ります」では済まされません。
最大2年分の保険料を「一括」で払え
社会保険には時効(2年)があります。年金事務所は、職権で「最大で過去2年間に遡って」強制的に加入させることができます。
つまり、過去2年分の保険料(会社負担分+本人負担分)を、今すぐまとめて支払えという請求書が届くのです。
【地獄のシミュレーション】
条件:社長1名、従業員2名(平均月給30万円)の会社。
期間:設立から2年間未加入だった場合。
- 1人あたりの月額保険料(労使合計):約9万円
- 3人分の月額保険料:27万円
- 2年分(24ヶ月)の保険料総額:648万円
結論:ある日突然、「648万円払え」という通知が来ます。
さらに恐ろしいのは、このうち半分(本人負担分)は、本来従業員の給与から天引きしておくべきお金だったということです。会社は従業員に対して「過去2年分の保険料(1人あたり約100万円)を今すぐ返してくれ」と言わなければなりません。
現実的に、従業員から一括で回収するのは不可能です。結果として、会社が全額(648万円)を立て替えて支払うことになり、そのまま資金ショート(倒産)するケースが後を絶ちません。
第4章:【法改正】パート・アルバイトの「社会保険適用拡大」に注意
「うちは正社員がいないから大丈夫」と思っていませんか? 近年、パートやアルバイトへの社会保険適用が急速に拡大されています。いわゆる「106万円の壁」と呼ばれる問題です。
適用範囲の拡大スケジュール
従業員数(厚生年金の被保険者数)によって、強制加入の基準が変わります。
- 2022年10月〜:従業員数101人以上の企業
- 2024年10月〜:従業員数51人以上の企業
この規模の企業では、以下の要件を満たすパート・アルバイトも社会保険に加入させなければなりません。
- 週の所定労働時間が20時間以上
- 月額賃金が8.8万円以上(年収約106万円)
- 2ヶ月を超える雇用の見込みがある
- 学生ではない
従業員数が50人以下の小規模企業であっても、従来の基準である「週の所定労働時間および月の所定労働日数が、正社員の4分の3以上(週30時間以上が目安)」であれば、加入義務があります。
特に飲食店や小売店では、長時間勤務のアルバイトスタッフが加入対象になっていることを見落としているケースが多く、調査で指摘されるリスクが高いポイントです。
第5章:調査はどのような流れで来るのか?
年金事務所のアプローチは、段階を踏んでやってきます。
段階1:青い封筒・緑の封筒(加入勧奨)
まずは「社会保険加入の勧奨」という書類が届きます。「あなたの会社は加入義務がある可能性がありますよ。状況を回答してください」というアンケート形式です。
ここで無視を決め込むと、何度も督促が来ます。それでも無視し続けると、次のステージへ移行します。
段階2:来所通知(呼出状)
「〇月〇日に、登記簿謄本と賃金台帳を持って、年金事務所へ来てください」という、具体的な日時指定のある呼出状が届きます。これは「もう逃げられない」という最終通告に近いです。
段階3:立入検査
呼び出しに応じない場合、年金事務所の職員が会社にやってきます(立入検査)。彼らには法律上の権限があり、拒否することはできません。そこで帳簿を確認され、強制的に加入手続きを取らされます(職権適用)。
第6章:【業種別】未加入だと「仕事ができなくなる」リスク
社会保険未加入のペナルティは、追徴金だけではありません。業種によっては、「取引停止」や「現場入場禁止」という、事業の存続に関わるダメージを受けます。
1. 建設業の場合(グリーンサイト・施工体制台帳)
建設業界は、現在最も社会保険加入の取り締まりが厳しい業界です。
- 現場に入れない:「グリーンサイト」などの安全書類作成サービスにおいて、社会保険の加入状況が必須入力となっています。未加入の作業員は、現場への入場を断られるケースが増えています。
- 建設業許可が取れない:2020年の法改正により、建設業許可の取得・更新において、社会保険への加入が「必須要件」となりました。未加入では許可が下りず、500万円以上の工事ができなくなります。
2. 運送業の場合
運送業(緑ナンバー)の許可を取得する際も、社会保険の加入が厳しくチェックされます。また、未加入であることが発覚すると、運輸局からの監査対象となり、最悪の場合、営業停止処分を受ける可能性があります。
3. IT・人材派遣業の場合
大手企業と直接取引をする際や、人材派遣の許可を取る際には、コンプライアンスチェックの一環として「社会保険加入の証明書(納付証明書など)」の提出を求められます。未加入であることが発覚すれば、即座に取引停止となります。
第7章:今、未加入の経営者が取るべき「唯一の生存戦略」
もし、あなたが現在未加入の状態であるなら、取るべき道は一つしかありません。
「調査が来る前に、自主的に加入の手続きをする」
これに尽きます。
調査が入ってからの加入(職権適用)だと、問答無用で過去2年分の遡及請求が行われる可能性が高まります。しかし、自主的に申し出た場合、実務上の運用として「申出日からの加入(過去分は不問)」、あるいは「数ヶ月前からの加入」で済ませてもらえるケースが存在します。
※もちろん担当官の判断や悪質性によりますが、少なくとも「逃げ回って捕まる」よりは、圧倒的に温情措置が期待できます。
第8章:【FAQ】社会保険未加入に関するQ&A(16選)
最後に、未加入に関するよくある疑問や、「なんとか逃れられないか」という質問に対し、実務的な観点から回答します。
Q1. 赤字会社でも加入しなければなりませんか?
A. はい、赤字でも免除されません。
法人税には赤字なら払わなくて良い仕組みがありますが、社会保険にはありません。給与を支払っている事実がある限り、赤字であっても納付義務があります。
Q2. 役員報酬をゼロにすれば、入らなくて済みますか?
A. はい、その場合は加入できません。
報酬がゼロであれば、保険料を計算する基礎がないため、社会保険には加入できません。ただし、その場合は国民健康保険・国民年金への加入が必要となり、個人の負担は残ります。また、銀行融資の審査では「無報酬の経営者」は非常に低く評価されます。
Q3. パートやアルバイトは加入させなくてもいいですか?
A. 労働時間によっては加入義務があります。
「正社員の4分の3以上(週30時間以上など)」働くパート・アルバイトは、正社員同様に加入義務があります。また、従業員数51人以上の会社では、週20時間以上のパートも加入対象となります。
Q4. 試用期間中の社員は入らなくていいですか?
A. いいえ、入社初日から加入義務があります。
「試用期間が終わってから加入」という独自ルールを設けている会社がありますが、これは違法です。雇い入れた日から被保険者となります。
Q5. 従業員が「手取りが減るから入りたくない」と言っています。
A. 本人の希望に関わらず、加入させなければなりません。
社会保険は公法上の義務であり、会社や従業員の意思で「入る・入らない」を選択することはできません。もし未加入で放置し、後で調査が入った場合、ペナルティを受けるのは会社です。「従業員が拒否したから」という言い訳は通用しません。
Q6. 建設業の「一人親方」ですが、法人化したら加入必須ですか?
A. はい、法人化したら社長一人でも加入必須です。
建設業では特に社会保険の加入状況が厳しくチェックされます。未加入のままでは、現場に入れない、建設業許可が取れない・更新できないといった実質的な事業停止のリスクがあります。
Q7. 年金事務所からアンケートが届きましたが、無視してもいいですか?
A. 絶対に無視してはいけません。
無視をすると「悪質」と判断され、立入検査の優先順位が上がります。「現在、加入手続きの準備中です」や「経営状況が悪く相談したい」など、誠実に対応することが、最悪の事態を避ける第一歩です。
Q8. 過去分の保険料を一括で払えない場合、分割払いはできますか?
A. 交渉次第で可能です。
一括納付が困難であることを疎明資料(資金繰り表など)で説明し、誠意を持って相談すれば、分割納付が認められるケースがあります。ただし、延滞金は発生します。
Q9. 国民健康保険に入っていれば問題ないのでは?
A. 法人の役員・従業員は国保には入れません。
法人が社会保険の適用事業所となった時点で、国保の加入資格を喪失します。二重加入はできず、本来入るべきは社会保険(協会けんぽ)となります。
Q10. 二ヶ所以上の会社で役員をしています。両方で加入するのですか?
A. はい、「二以上事業所勤務届」を提出し、両方で加入します。
報酬の合算額に基づいて保険料を計算し、各会社の報酬割合に応じて按分して支払います。手続きが複雑なため、専門家のサポートが必要です。
Q11. 70歳以上の役員も厚生年金に入りますか?
A. 70歳以上は厚生年金の被保険者資格を喪失します。
ただし、健康保険は75歳まで加入します。70歳以上の役員については、年金保険料がかからないため、会社負担コストが下がります。
Q12. 負担を減らすための「マイクロ法人」スキームは有効ですか?
A. 非常に有効ですが、導入には注意が必要です。
役員報酬を月額数万円に設定した法人(マイクロ法人)を作り、そこで社会保険に加入することで、保険料を劇的に下げる手法です。合法ですが、事業実態がないと否認されるリスクもあります。
Q13. 延滞金はいくらかかりますか?
A. 年利14.6%(納期限の翌日から2ヶ月を経過する日以降)です。
最初の2ヶ月は年利7.3%(特例基準割合により変動)ですが、それ以降は消費者金融並みの高金利(14.6%)がかかります。遡及徴収の元本に加えて、この延滞金が重くのしかかります。
Q14. マイナンバーで未加入はバレますか?
A. バレます。
法人番号と個人のマイナンバーは紐付いています。税務署に提出した源泉徴収票や法定調書に記載されたマイナンバーを通じて、社会保険の加入状況との突合が容易に行えるようになっています。
Q15. 従業員が5人未満の個人事業所なら入らなくていいですか?
A. 基本的には任意加入です。
個人事業主で従業員が常時5人未満であれば、強制加入ではありません。ただし、5人以上になった場合や、業種によっては強制加入となるケースもあるため注意が必要です。
Q16. 遡及徴収された保険料は経費になりますか?
A. 法定福利費として経費になります(延滞金を除く)。
支払った保険料本体は、その支払った年度の経費(損金)に算入できます。ただし、ペナルティである延滞金は経費になりません。
まとめ:社会保険料は「コスト」ではなく「存続条件」
「社会保険料が高い」というのは紛れもない事実です。しかし、それを支払わずに経営を続けることは、いつ爆発するかわからない時限爆弾を抱えているのと同じです。
調査が入ってからでは遅すぎます。過去の清算で会社が潰れてしまっては元も子もありません。
もし今、未加入の状態にあるなら、一刻も早く専門家に相談してください。「自主的な加入」に向けて動くことで、傷を最小限に抑えることができます。また、マイクロ法人や事前確定届出給与といった「合法的な削減スキーム」を導入することで、負担を適正化する道も開けます。
私たち荒川会計事務所では、社会保険の新規適用手続きから、適正な保険料削減プランの提案まで、経営者の悩みに寄り添ったサポートを行っています。一人で抱え込まず、まずはご相談ください。
記事執筆監修者
荒川会計事務所(経営革新等支援機関(認定支援機関))代表税理士・登録政治資金監査人・行政書士の荒川 一磨です。
会社設立と創業融資を得意とし、何でも相談できる話しやすいパートナーであることを心掛けている事務所です。
事務所所在地 〒160-0022 東京都新宿区新宿2-5-16 霞ビル8F
電話番号 0120-016-356
所属 東京税理士会四谷支部・東京行政書士会新宿支部
免責事項
当サイトに掲載されている情報の正確性については万全を期しておりますが、その内容の完全性、正確性、有用性、安全性を保証するものではありません。税法、会社法、各種制度は法改正や行政の解釈変更等により、コンテンツ作成日時点の情報から変更されている可能性があります。最新の情報については、必ず関係省庁の公式情報をご確認いただくか、専門家にご相談ください。
当サイトに掲載されている内容は、あくまで一般的・抽象的な情報提供を目的としたものであり、特定の個人・法人の状況に即した税務上、法律上、経営上の助言を行うものではありません。具体的な意思決定や行動に際しては、必ず顧問税理士や弁護士等の専門家にご相談のうえ、適切な助言を受けてください。
当サイトの情報を利用したことにより、利用者様に何らかの直接的または間接的な損害が生じた場合であっても、当事務所は一切の責任を負いかねます。当サイトの情報の利用は、利用者様ご自身の判断と責任において行っていただきますようお願い申し上げます。
当サイトに掲載されている文章、画像、その他全てのコンテンツの著作権は、当事務所または正当な権利者に帰属します。法律で認められる範囲を超えて、無断で複製、転用、販売等の二次利用を行うことを固く禁じます。
当サイトからリンクやバナーによって外部サイトに移動された場合、移動先サイトで提供される情報・サービス等について、当事務所は一切の責任を負いません。






